日記

とみいえひろこ/日記

説明

説明に説明を重ねてむなしいばかり。ええもちろん、もちろん、真実にできるだけ近いところなのではないか、現状のわたしに見えるぎりぎりのところではないか、そのように、そのときのわたしが信じるところを説明するのだけど。

いつか別のあなたに説明したことは今から思い返すとぜんぶ間違っていた。説明のやり直しが必要だ、説明しよう、そうやってわたしが選びとり、説明に説明を重ね、嘘の上塗りはつづく。

へだたりを薄く削いでいって、さまざまに仕掛けられた鏡を打ち砕き、その空間を空っぽにすることが目的なんだと思う。そこからしか始まらないと思うからだ。空間がないから物が居られない。

説明して物と空間のへだたりを薄くしようとするたびに、物の存在を伝えようとする説明を信じるためのわたしが生まれなければならない。結局空っぽにならない。説明すればするほどわたしばかり生まれて苦しい。空っぽにならず、わたしまでが生まれてしまいむなしい。物の置き場所がない。本末転倒だ。

真実も見えているものもそのたびに変わり、わたしによって取捨選択され、説明は聞き応えのあるストーリーとして出来上がっていく。もう、耐えきれないで途中で口をつむぐ。

説明に説明を重ね、この口はどこまで醜くなるのだろう。唾液が光り、鏡にわけのわからない光が混ざり込む。へだたりが薄くなるどころか、空間はもっと混沌に充たされる。

もうそろそろ、空っぽを充たそうとするわたしのほうが尽きてもいいのに。わたしが間違っていて、負けて、早く尽きてしまえばいいのに。そうしてやっと空間ができるのが辻褄にあっている。早く尽きるためにわたしを補充しつづけ、負けて尽きるのが目的だと認めるから、最後に残ったむなしさくらいはわたしに引き渡してほしい。そんなことに縋ってゆく。

話しつづけるわたしを誰か止めてほしいと希いながらわたしにわたしを重ね、未知のむなしさに縋るうち、説明する空間にわたしがいなくなる。物を置く空間ができる。