日記

とみいえひろこ/日記

2022.09.05

主張しないことがすべてだわたしにはちひさな部屋に寝台がある

木下こう

 

作者…作者、という存在がどこかにいて、この短い歌がその、作者というひとにとって大事な一文、ひとこと、ひとかけら、なのかもしれない。というものの思い方をするのがたぶんわたしは好きなんだと思う。誰か遠くのひとがそのひとだけにとっての確実なもの、そのひとを肯定しまもってくれるものを手探りに知っている、ということが起こる、という思い方をするのが。

たしかに普段自分は、わたしにはわからない、あなた以外の誰にもわからない〈それ〉がいちばんあなたの手がかりだ、と思って相手に接するのが自然だ、と思っている(自分に余裕があれば、疲れていなければ、ほんとうなら、自分にとって正しいと思う接し方で接するならほんとは…そう接していたい。だからつまりいつもぜんぜん何も無理)と思う。

あなたの手探りはここにない。どこかに誰かの手探りや手探りの応えがたしかにある。わたしのとはもちろん全然違う。ということを頼りに私は私で前へさぐり歩いてゆく。

この歌のことを何日か、何ヶ月か思っていたけれど、内容は全然覚えていなかった。そうじゃないものがわたしにはすべてで、ほかに何もない、という雰囲気だけを持っていた。内容のないその、言葉になる前の何かそのことをそばに飼うようにして過ごした。