もしぜんぶ駄目になったらゆく沼のひとつを今朝はふかく愛せり
ほつほつと話したことのないことを落ちた実を眺めながら思うも
約束のちぎれながら咲くさるすべり忘れたものと思っていたが
あの頃のようにあなたはひとりきり三角座りに煙草など吸う
母の真似だったのにそれがいいという木の椅子に座り直す仕草を
かわいそうな犬のはなしをききたがる子どものようにうつ伏す夏は
もう一度見たいと言っても叶わない指輪のように光ったかけら
一度だけわたしの思いだったもの光かがやく沼あるという
(「かばん」2022年10月号)