日記

とみいえひろこ/日記

噴水の方

噴水の方まで逃げたって同じよ 帰って生きていなくては駄目、と


今 バスの大きなやわらかな影が頬に暗さを塗り込めていく


何枚か鋏で切って悲しみをテーブルに置いてゆく手のひら


いつ終えても終えられなくてもかまわない 貝に火通す夜に鈴の音


浴室の昼には影になるところ林檎の香りすこし残して


きいているあいだじゅう風吹いていた吹かれて髪が耳を隠した


階段を下りれば暗い前髪のあなたがあなたのまま起きている


またいつか いつかが来なくてもいつか仕方のなさを互いに持ち寄り

 

 

(「かばん」2022年3月号より)