噴水の方まで逃げたって同じよ 帰って生きていなくては駄目、と
今 バスの大きなやわらかな影が頬に暗さを塗り込めていく
何枚か鋏で切って悲しみをテーブルに置いてゆく手のひら
いつ終えても終えられなくてもかまわない 貝に火通す夜に鈴の音
浴室の昼には影になるところ林檎の香りすこし残して
きいているあいだじゅう風吹いていた吹かれて髪が耳を隠した
階段を下りれば暗い前髪のあなたがあなたのまま起きている
またいつか いつかが来なくてもいつか仕方のなさを互いに持ち寄り
(「かばん」2022年3月号より)