日記

とみいえひろこ/日記

一枚の赤い楓が言った

疲れたね何もなくなってしまって 一枚の赤い楓が言った


痛みなどに立ち会うための庭がある 古い古い何もない庭


そこをゆくとき見られているという感じ 扉の灰色の重たさに


ほそりほそり透明に尖りゆく記憶あまいつめたい針になるまで


何か私、渡さなくてはいけないと思ってそれだけでそれだけの


なくなってなくなったので見ていたら汚れた床に雲が現れ


甘そうなたまごの色にほんのりと染まった薬ひとつぶを得る


一編の切ない話を読み終えるまではいられず閉じて帰りぬ

 

 

(「かばん」2023年2月号)