日記

とみいえひろこ/日記

2023.12.12

こまかい雨。

時間が経ってしまうこと、経ってしまったこと、忘れるだろうこと、戻ってこないことの切なさ、のようなもの。離れている、会うこともない、その場所でそのひとの現実があって、ある。切ない、と思えることと、切ないと言えること、それをした瞬間に、私はなくなる。責任と間違いが生まれる。だから言ってもしかたないし、言わずに黙るべき。それはそれとして、この、これらの感じは私のなかで何が起こっているということなのか、何に応じているのか、何を受けているのか、これは何なんだろう。そういうことが気になる期間だった。どんどん現実にそれが起こって、決定的になって、思うときはいつももう遅いときだけどそう思う。思う時間があってしまって、思える一日だった。

局面はぬるっと変わって、不安の前の感じ。のろのろしたエスカレーターで紙を持って上ったり下りたりしながら、かたちになっていく時間を持った。

 

 

山田詠美『姫君』、丸山健二『水の家族』、ダニエル・キイスアルジャーノンに花束を』、諏訪敦絵画作品集『どうせなにもみえない』、笠井美智子『ヌードのポリティクス』、S.ナシア・ガミー 松崎朝樹/監訳『気分障害ハンドブック』、鷹野隆大『毎日写真』、多木浩二『肖像写真 時代のまなざし』、ジーン・リース 西崎憲ほか/訳『あいつらにはジャズって呼ばせておけ ジーン・リース短篇集』、『障害のある子どものための国語(読むこと・書くこと)』などなど。

 

個人的に私は実存的精神療法を重視しており、

というところ、はっとした。

実存的精神療法 existential psychotherapeutic method とは、患者のためにただ「そこにいる」ことで、共感的なつながりをもつだけでなく、治療同盟をどんな治療にも必須の要素として常に尊重して強化する治療法である。

 

安定していつもそれがそれらしく楽にそこにいること、ときにそれがそれのための時間をたったひとりでとることがなぜ大事なのか。犠牲にして、それをすることがなぜ大事なのか。これと同じで、確認しすぎて分からなくなったことがたくさんある。きれいごとやレベルを下げる意味でそう理解されていたり言われているのではなく、論理的で合理的なピースとして欠かせないことは、見過ごしてきたなかにたくさんあるのだろう。犠牲にして、というのも違うけど、今のところそれくらいしか近い言葉がみつからない、そのあたりのことこそ、大事なのかもしれないとも思う。

 

内密にしたほうがよい話題になることを心配するなら(そういった話題はもともと診断には直接影響しないことが多いのだが)

 

最も長く残りやすい症状が、慢性的に続く閾値化のうつ状態である。微妙に重たい気分で、「完全に治る」ことに失敗した、と患者は感じている。

 

S.ナシア・ガミー 松崎朝樹/監訳『気分障害ハンドブック』