エレーナにとっては奇妙な時期が始まった。酩酊と睡眠の中間の状態で歩いているあいだに、物たちが目の前で混沌から生まれ、深く隠された衝動によってその形をあたえられるように見えた。物たちのこの形が徐々に変化するのを、エレーナは自分自身のなかに、自分の肌の下に、脳のなかに感じたので、その物たちを目を閉じていても見分けられただろう。同時に、エレーナの目の前に奇妙な混乱が生まれた。ひとつが終わるところで別のひとつが始まり、ひとつが別のひとつの性質を帯びるかのように、物体と物体とのあいだの違いは消え去り、自然の王国のなかに密やかな同意が確立された。エレーナにはしばしば、ひとつの石が1本の植物のように呼吸し、土のなかに根を張っているように思えた。あるいはまた樹々が石の硬い生命を身につけ、葉が昆虫のように動き、動物は不動の塊になった。そしてエレーナ自身は自分が一本の樹であるかのように感じ、その樹からは悩ましい甘美さとともに芽が吹き出していた。ひとつの物体に軽く触れるだけでも、エレーナは歓びでおののいた。そして、すべての物体を発見したように、あるいはもっと素敵なことに、すべてが自分自身の秘密から生まれたように、エレーナは物体をそっとなでた。
エルサ・モランテ 北代美和子/訳「祖母」(『アンダルシアの肩かけ』)