廢車の窓に朱きゆふぐも流れたり喪ひしものを限りなく所有す
朱・あか
暗い森をいつからか胸のなかに棲まわす。暗い森がいつからか胸のなかに棲みついたから。いつからかどこからか樹がここへ来て育ち、暗い森になった。こんなにわたしの胸のうちに育ったのだから暗い森のなかには何かあるはずだ、何かあってほしいと思ってしまう。関係や理由や、何かせめてあってほしい。何もないのはむなしいから。
暗い森のなかを見つめても見つめても、見えるものはそこに何かを見たいわたしが見てしまう影ばかりだと思う。何もないということばかりを暗い森は抱いている。どうしても見るという方法に固執して見えないで、むなしがるのはわたし。
暗い場所に吸われる心、何かと何かが擦れ合い影や傷が生まれる場所に敏感な心。受身ということ、生まれてしまったもの、見てしまったものの気配を見過ごさず、みずからの体をつかってその蠢きの器となるべく潜り込んでゆく仕草、足掻き方を、受身というと思う。受身は古くて新しい武器とも思う。でもこの感情もすぐ捨てて、流れさせなければ。
とらへがたきかなしみは兆すときながき停電の夜の闇なりしゆゑ
感情の反應少き一匹のけものを日毎ひぐれに愛しき
あるひはこれ受身の感情といふならむたなうら痺れひびきゆく水
マリヤの胸にくれなゐの乳頭を點じたるかなしみふかき繪を去りかねつ
「致命」といふ言葉愛しむあかつきよわがうちに燈るかすかなるかほ
愛・かな 燈・とも
わななける時間の中にうつくしき悪は透りぬいかなるしあはせ
きつつきの木つつきし洞の暗くなりこの世にし遂にわれは不在なり
洞・ほら
くるしみのしづかなるとき黑布にわが裹みおく暗紅の石
布・ぎぬ 裹・つつ
『飛行』は1954年発刊。「重に昭和二十八年度の作品」があつめられている。
葛原妙子『飛行』(『葛原妙子全歌集』(砂子屋書房)より)