日記

とみいえひろこ/日記

2024.02.06

吐き気と痛みで気持ち悪かったので、葛根湯を飲んでたくさん寝た数日だった。何度も寝て、何度も今日を分ける。体調が悪くなってやっとからだの後ろ側をこわばらせている癖に気づく。数日鏡を見なかった気がする。優先順位のすごく高いものだけに集中した数日で、狭い穴を潜り抜けるような気分だった。そのあいだにいろいろな連絡がくる。受けるのを続けるなかで自分から連絡をとる力がなくなっていくのがパターンだと思う。自分の体の周りに資料がたくさんあり、ものごとが進んでいる。

はじめての段取り、読めなさがあって気がかりや不安がある。それでもやること、やるべきと思うことは同じで、もっと早く向き合えばよかったと思うのも同じ。それでも向き合うべきことを中心に据えながら周りから細かいことを崩していたじゃないかと自分を励ましなおすのも同じ。分からないから置いておくことと、分けてできるだけ方法を見つけておくこと、あらためて毎朝考え直す。

通じなかったんだな、伝わらなかったし伝わると思っていたんだな、甘えたかったのがあって、甘えて試す壁打ちをしていたのもあるのかもしれないな、と思い直す。もう少し先に、もう少しふりかえって考えられたらいいとも思う。

中井亜佐子『日常の読書学 ジョゼフ・コンラッド『闇の奥』を読む』、層の深いところへ潜っていくような気分になって、部屋やお風呂、いろんな場所で読んでいる。

 

ひそかなる盗みに似たり一人なる姪を抱きて行く街のうら

もろ膝を立てて焔に向ひゐき救はれてゐるかときのふ問はれき

なくしたるヴェロニカの絵を探しつつ又独り居の夜のともしび

 

(『河野愛子歌集 1940-1977』から)

 

そうしてあとから、優先順位のすごく高いものをそのときに扱えるような状況になってきたんだと気づく。