日記

とみいえひろこ/日記

ア、まだ、朝、

ア、まだ、朝、ああ、穴、I, I, How I…

 

朝と夜の散歩が、彼のすべてだった。朝と夜、犬を散歩に連れて行き付き添うことに彼は一生を費やし、それ以外の時間を眠ることに費やした。

 

「ア」の音は音の連なりのはたらきを全開にしようとする。「あ」が次の「あ」の口を開き、開き、開き。わたしの身体を使ってこじあけられこじあけられた「あ」はこれ以上開くのかとうめき、苦しむ。「ア」は階段を駆け降りるのを止められないときのような不安と興奮を孕んでいる。

 

散歩が好きな犬のよろこぶ姿を見たい。朝早くに起き、散歩から帰ってきたら疲れて犬と一緒に眠る。夜の散歩に備えるために、眠る。夜の散歩から帰ってきたら、また朝自分が起きられるか心配なのと、朝の散歩が楽しみなのとで眠れない。

 

太陽をあまり浴びない彼は弱々しい体力しかない。ときどき彼に何か尋ねると、「あ、あ、」と言っているように聞こえた。「I, I,…」と言っていたのかもしれない。「ああ」とか「あの」「明日」だったのかも。

 

朝と夜の散歩が、彼のすべてだった。朝と夜、犬を散歩に連れて行き付き添うことに彼は一生を捧げ、それ以外の時間を眠ることに捧げた。

 

「ア」はわたしの身体をのっとって、すでにここにあったすべてのことをこじあける。まだ、朝、ああ、穴、I…

こじあけられ声になった順に意味づけされる。彼の力は発声には注がれず、声はひとに聞こえず、意味づけされなかった。

 

I will always be there for you. ということに、であることに、彼は身体と時間を捧げ、ひらかれ、こじあけられ、うめいていた。