ひとつ進んで、いつものこと。分かっていたのに分かっていないこと、見えていないことにしていることは案外かなり、ぜんぜん、まだまだ、多いはずだと思った。慎重に、たのしみながら、周りにいてわたしがわたしのためにできることをひとつひとつ隙間を縫ってこれからもやっていけたらいい、と思う。現実を見て、いけるところまで。いつも時間が切ってくれる。
『ブラック・ジャック 劇場版』を夜ぼんやり観た。音も声も、低くゆっくり。ものすごく渋かった。翌日になってあのやや止まった絵が脳裏にこびりついていて、何度も思い出す。写真や絵と、動画の間の何か。現実を見せつけてくるような、目や心のしくみを刺激してくるようなつくりかたに、様式や美意識が宿っていることを感じてしまう。昔から自分がアニメの靴音の感じが好きだったと思い出す。
必要があって、自分の今までつくったものをまとめる。見ること、向き合うことが嫌で先延ばししていたものの、まとめて見てみたらあっけなく、こんなものだったのかと思う。量も質も、ぜんぜんうっすらしていて、不思議に楽になった感じもある。
あかさたな、の、あ行の作者の本はとくに多く持っていて、本を置いている場所から溢れている。
このひとの本もずっと奥にあって、手ざわりで見つかった。殻、空、からだがあって、このからだをどう使うか、どう使われて捧げられるのがいいのか、このからだは何なのかということを、ずっと歌っているようだと思う。
ここからとつま先を置きゆふぐれの影にも肖たる銀の線引く
夏の風さわんと鳴つてそれつきりわたしのことはたかが知れてる
灯りもるる窓のやうなる一部分ひとのからだにありてかなしむ
まだ下へもつと沈んでさいごには地にくちづけする低さなり
地・つち
阿部久美『叙唱(レスタティーヴォ)』
草匂う夕べの道を帰りきて しんじつ独りであらば何する
希わくは清潔にわれ生きたしよ いちいち他人に質問せずに
ねむりつつ憂えるかたち銃身に肖ていて夜明けだれとも見えず
欲すれば「奪れ」というこえ谺するかなしき谷の底方をあるく
阿部久美『ゆき、泥の舟にふる』
夕波にたしなめられていたりけりむやみに人を待ちすぎしこと
わたくしの蔑むものにわたくしが貶められてつじつまがあう
くもり空やさしい色にくれなずむ他人と分け合うせつなさのよう
他人・ひと
父の焚く火はうつくしく水無月の対話はまこと柔らか
対話・ダイアローグ
阿部久美『弛緩そして緊張(リリース アンド コントラクション)』