日記

とみいえひろこ/日記

二三川練『惑星ジンタ』

ありふれた哀しみだから話せない 晩夏に閉ざす遮光カーテン

 

めがさめてあなたのいない浴室にあなたがあらう音がしている

 

寝たふりをしたまま見えた夢の空をしずかに満たす水銀の雨

 

人さし指を汚して描く落書きのような約束 青色の雛

 

運命と片づけられるそれぞれを片し尽くしてゆうぐれの部屋

 

 

二三川練『惑星ジンタ』(書肆侃侃房)

 

 

 

傷があって、傷とは徴で、存在で、扉、証拠、口、などなど。

 

寝たふりをしたまま見えた夢の空をしずかに満たす水銀の雨

 

傷があるのは確かで、その傷が何なのかということを、こういうふうに探るというか、ひらくというか、見ようとしている、覗こうとしている、確認しようとし、書いて表している。確かにどこかにあるはずのものを見る、その手続きを写しているのだと思った。手続きそのものが歌だという論のようにも思った。

 

誰かが寝たふりをしていた。寝たふりをする必要があり、そういう逃げ方をする誰かであり、そのことを引きずったままこの誰かは寝たふりを重ねていく。逃げといってもいいし、優しさといってもいい、配慮といってもいい。そういう何らかの必要があった。そのうちに独特の寝たふりになる。寝たふりが誰か独特の意味になる。寝たふりをしているという意識がありながら独特の状態になっているときに、誰かに見えた夢の空がある。夢の側、わたしの内にありながら、夢の外にある。空の下にいるわたしの存在を認め見下ろしている。わたしを唯一知っている空。しっとり光る水銀の雨が、この空自体を適切なやりかたで満たす。ただ見下ろして知っているだけの空の時間を、満たして肯う。

 

最近そばに置いていた歌集。「ありふれた哀しみだから話せない」だけ覚えていて、部屋のなかでこの歌集をなくしてしまった。「ありふれた哀しみだから話せない」のペアになるものを思い出したい、と思って探す。「ありふれた哀しみだから話せない」を映すもの。しばらく探したら積んでいた場所の一部に隠れていた。

 

傷を手がかりに、気配を手がかりに、夢とこちらのあいだにいながら、手さぐりに現実をつくっていく。何週間かそばにおいて、そういうふうに読んでいた。