ある気分をもったまま、または、ある気分のなかで読み始める。たとえば、どこまでいってもたぶん、生きることは虚しいことだな、という気分をつくづくもちはじめながら読むときに無防備にひらく心の窓があるのだろうか、すうっと入ってきてすうっと通り過ぎてゆく歌。撫でられたかすかな感覚が残って、残った何かがある虚しさを慰める。時間をかけて。それはべつにわたしの虚しさではなく、わたしは、虚しさがふと撫でられ慰められ、時間と一緒になるのを、観察する者。
釈明の嘘みとほしてさびしきに菜の花畠月を残せる
幻想を生きし過去 風の窓に苦き香草の束素枯れつつ
過去・すぎゆき 香草・ハーブ
ときじくの風悲鳴して湖岸の墓に供ふるは不具の紫陽花
ひとなりし をみなごなりし 一片の雪なりし いま虚ろなる椅子
一片・ひとひら 虚・うつろ
かすみ草揺れやまざればみづからにつき通す嘘かすかに甘し
天心の月に対ひてひとりなり蹄とならむ言葉念ひて
蹄・ひづめ 念・おも
(漢字はすべて正字)
苑翠子『ラワンデルの部屋』(不識書院)
自分のなかに虚しさをたたえて、または虚しさに包まれていることを感じながら読まなければいけないと思う、この歌集をひらくときは。見えているものがうるさく見えすぎて、すべてがただの先触れだと知りながら、起こるべきことはすでに起こっていて見えていると知りながら、目を閉じるような感覚で読まなければ味わえないと思う。この歌たちがしつこく、意味がうるさく感じてしまうときは自分のなかで虚しさの窓が閉まっているときなんだろうと思う。
朝、前半のほうだけ読んで、おなかがいっぱいになって閉じた。いつも急いでいて、きのう少し止まれたのが、こんなふうにおなかがいっぱいになるのを感じるのを助けたんだろうかと思う。